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硝子の挿話

第28章 埋没した色彩

同じ年の幼馴染の顔が浮かぶ。今生きている理由はただ『側に居たい』という甘い感傷だ。どんな辛いことがあったとしても、彼と会う時間だけは優しく愛しい。会いたいと決めてしまえば行動はただ一つだ。ハクレイはタオルと着替えを握り颯爽と浴室へ向った。
全てを洗い流せるなら、洗い流したい。
頭から温泉の湯を被り、顔を上げ雨水のように降り注ぐお湯に瞑想した。


《なんでもない事だから、…平気だから――‥》


頭から温泉水を被り、ぞんざいに頭と身体をヌカ袋で洗う。全ての感情を吐き出す前に手元の螺子をしめ、脱衣所に戻り鏡を見てしまった。

「又伸びてきた…」

少し伸びた髪に触る。ハクレイは何かの呪いで生まれた日から少年の格好をさせられていた。そう指示したのは星見役に抜擢されたハクレイの叔母であり、今は最北端にある霊山にて星の軌道を読む仕事している。どんな理由があるにしても、今はそれが少しだけ救いだった。
少しでも長く、男でいなければならない。
幸いハクレイは長身で育ち、今もまだちゃくちゃくと成長を続けている。内心ではいつになったらこの成長は止まってくれるのだろうと思っていたりするのだが。

「しっかし…年々くそばばあに似てきたよな~」

大げさな溜息と苦笑を鏡は映す。鏡の側にある台からハサミを取り出すと、自分で長いと思う場所をザクザクと切る。一房ごとに短くなる髪はハクレイを男で居させる為のものだった。

「うむ、これで俺様はハンサムくんだ!絶対にあの二人にだけは悟られないようにしないとな」

ユアとユラは兄妹で、身体の弱いユラを真綿の優しさで包むユアの側にいる理由が欲しい。もう家族を失ったハクレイにはその為だけに男でいる。―――友情と言う鎖でも繋がって居たい。
綿生地で身体の水分を全て拭うと、さらしで最近育ちだした胸を隠す。胸襟が発達したのだと偽るためみたいで、多少空しさもあったが毎朝のことで慣れた。
神殿騎士の服を喉元からしっかり止めて、背筋を正すて身なりを正す。ハクレイは月空宮の神子を守る護衛兵になって二年。まだまだ見習い騎士の扱いを受けているが、その長身としなやかな肢体は将来を有望視されており、実際幾つも年上の騎士さえ彼の扱う武器の重さに倒れることもある。


本人はただ側に居たい―――。


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