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硝子の挿話

第28章 埋没した色彩

…つもりだった。
ケミナスは笑みを歪める。獲物を仕留めた瞬間の猛禽類みたいな冷たい目に、全身が凍りつく気がしたが此処で捕まることは出来ない。


「逃がさねぇ…って俺は何度も言っている!いい加減あんなお高くとまった神子様なんざあきらめちまえっ!!」


足を強く引き寄せる。バランスを崩したハクレイが、床に強く叩きつけられた。

「っ!」

普段なら飛び起きるが、痛みがじんわりとしみた。

「無駄さ…」

強く抱きしめてくる腕が、ハクレイの全身を戦慄させた。

「うわぁっ…!」

ハクレイは頭で巡る言葉に、―――絶望する。


何度。
自分に絶望すればいい…?…



「素直だな…」

嬉しそうに呟くケミナスの言葉。被さってくる身体。何もかもが遠く感じてしまうのは、剥離しだした精神が見せる世界だからだろうか。
当たり前に触れてくる唇が頬から唇に辿りつきそうな寸前で、ハクレイは固めていた拳と膝をケミナスの腹に撃ち当て押しのけ飛びのいた。


《死…ニ、タ、イ…》


巡る巡る言葉は、火を纏い刄となり心を引き裂く。―――奈落。

「死にたくなるようなことをしてくるなっ!!」
「…好きだ」

ぽつりと洩らしたケミナスの言葉はハクレイの遠のく背中へ紡がれる。しかしそれは届く前に風に攫われて大気に融けてしまっていた。
そして背中を向けて走り出したハクレイは、後から後から流れてくる感情を持て余し更に足で強く大地を蹴り走った。

「お前の親父が、俺から家族を奪ったんだ…!」

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