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硝子の挿話

第28章 埋没した色彩



そう―――。


あの日、あの夜にハクレイは家族を…惨殺された。理由はハクレイの母を欲したメイスが、母を奪いに来て全てを灰に返した。

なんとなく不安を虫の知らせを感じてたのだろう。あの日抜け出して戻ったハクレイは扉を開けて声が凍りついた。扉の前にハクレイより三つ上の兄が背中と胸から出血し、見開いた瞳は写し世を見ていなかった。

父親も他の二人の兄たちも無残な殺されかたをした上に、母は身体ごと心を壊されてメイスの腕の中で意識を失い、現実離れしたリアルを前に一歩も動けなかったハクレイ。当時は長く伸ばし頭上で結んでいた髪を引っ張りあげ、身につけていた物を兄たち同様に破られた。

何があったとか、何をするだとか―――そんな感情さえ出ずに、ただ呆然としていたハクレイの性別をその目で確かめると首筋を打たれ、全ての事柄が済んだ後に目が覚めた。

呆然自失で当時の記憶はほとんどハクレイには存在していない。自分がその時にどうしていたという記憶も曖昧で、否。寧ろ存在していないと言って間違いない。ただ母親とはその後に会うこともないまま、妾としてメイスの子供を正気ないまま生んで息絶えたと聞いた。

もう家族と呼べるのは母親が生んだメイスを父親に持つ妹が生きているだけだ…。


「もう…嫌だっ」


それだけ声にならない呟きを洩らし、ハクレイは振り返らずにもう一度自室に踵を返して頭から水を被った。

《……気持ち悪い》

考えることさえ拒否して、とくに触れられた唇を幾度も拭う。水に冷える身体が寒さで震える。張りのある肌が水気を弾いて散っていくのを眺めていた。


―――忘れない。


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