硝子の挿話
第28章 埋没した色彩
《唇に覚える熱が、ユアの熱ならいいのに―――…》
ようやく落ち着いた身体から水分を拭い同じ騎士服を身にまとう。ぎゅっと利き手で反対の腕を握り、瞳を硬く閉ざして同じ誓いを口にする。
「……ユアとユラ…ルィーナは俺が守るから…」
ともすれば簡単に気概を亡くしそうな身体を自らの肢体を抱きしめる。混濁していた意識が戻ったハクレイにメイスはこう言った。
「お前が生きて、わしを受け入れるなら…、ユアの命とその妹のユラの命は奪わない…どうする?そうそうお前には妹のわしの血を受け継ぎし娘ルィーナも居たな…くくっ」
まるでゲームをしようという軽さで、回転する椅子を後ろに向けて笑いかけてきた。大切な相手のことをメイスが知らない訳がない。相手は神官全てだけではなく神子さえも統べるこの宮最大の権力を持つ男だ。ハクレイの家族を殺害したことさえ、公式記録には残っていない。どんな手を使ったかなんて興味はないが、それほどの権力差を前にまだ力を持たない子兎は頷くしか無かった。
血が繋がった娘であるはずのルィーナさえ餌にしてしまえるのだ。人が持つべき感情の大半を捨てたとしか考えられない相手に、方策もなく抗う愚かな真似は出来ない。
どれほど悔しくても、死にたくても―――守れる力があるのなら、なんだってどんなことだってしてみせる。もう呆然と立ち尽くすしか出来ないで大切なモノをこれ以上失いたくない。
ユアを守りたい。
ユアと一緒に見守ってきた身体が弱いユラと、けして姉だとも肉親だとも名乗ることが出来ないたったひとりの姉妹を守れるのならば、この身体が朽ちて心が粉々になるまで守ってみせる。それこそが何も出来ない言えない幼馴染で大好きな彼を守れるなら、間違っていたとしても守るのだと決めた。