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硝子の挿話

第28章 埋没した色彩

少なくても抱かれ、感じて、喘ぎ悶えて果てる身体なら…此処にあるのだ。
それであの笑顔を守れるなら、これ以上ないほど安い代償だ――‥。

最後に顔を洗い顔を上げる。鏡に映る自分に向かって睨み、強く一度頷いて見せた。
全ての用意を済ませると、今度はまっすぐにユアの待つ彼の私邸へと向かいドアをノックする。直ぐ側に居たのかユアは満面の笑顔でドアを開け珍しくユアから抱きついてきた。

「ユア~!」
「…ハクレイ!…おめでとうだね、今日」

おめでとうと言われてきょとんとしたハクレイは抱きつかれたままそっとユアを抱きしめる。長身のハクレイはユアを十分に抱きしめることが出来るのだが。内心ではちょっとそれが寂しいと思ってみたりもしていた―――。


「ハクレイの16歳の誕生日だよ?…これさ、ユラと選んだんだよ」


そう言って手渡された愛らしい小箱。中身が想像できなくて、ハクレイは開けてもいいかと瞳で問うとさすが幼馴染。ユアも言葉にせずに嬉しそうに頷いた。

「これって…ユラと選んでくれたんだ…?」

そっと壊れ物を扱う優しさで箱を空けてみると品のいい紅色のピアスがあった。細かいカットがされた石を手にとって眺める。陽光に透かせばキラキラと薄く光が伸びた。

「それで今年はお兄さん達帰ってくるの?」

その疑問にも慣れているハクレイは息を呑むこともなく正面に笑顔を向けてみせた。

「………どう?」

心配そうに聞くユアを騙すことに胸が痛んだのは、もうずっと昔の話なのだと頭のどこかで浮かんで消えた。

「一番上兄貴は結婚手前だしさ、中の兄貴は勉強漬だ!下の兄貴は武者修行に出たまま帰ってくる兆しは無しだぜ。…まったく末っ子が可愛くないのかって、俺が聞きたいぐらいだよ」

事実は消され真実は迷宮の奥深くに転がる。ハクレイを残し急な移転で他国へ交易船の護衛に両親は行ったまま、子供も手を離れたことで永住し。生きていれば25になる長男、22になる次男―――本来であれば成人を迎えるはずだった三男は18になっている筈だ。呼吸をゆるく吐き出したハクレイはユアにも誰にも言えない言葉を飲み込み、何一つ漏らしてはならないから嘘だけは上手くなった。

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