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硝子の挿話

第28章 埋没した色彩

「その名前で呼ぶなよ、それ知っているのマーちゃんだけなんだから」

つんっと額をつついた。

「うん、そうだよね…」

腕を組んで苦笑するマテリアに、ハクレイは微笑して見せる。ハクレイの従姉妹は優しくあって、切なさは胸を過ぎるが、嫌な過ぎり方ではなく満たされる。失った家族を思う気持ちがそうさせるのかもしれないが、マテリアはハクレイにだけは特別優しい。

「彼氏元気?」

そう聞くと、マテリアの顔が一気に赤くなる。

「オマエ可愛いな~」

感心を込めて呟いたハクレイの背中を叩いた。

「…からかうなよっ!」

耳まで真っ赤になっている。一途で愛らしい女の子の姿―――自分にはそんな姿は似合わないことも知っているから、せめてこの従姉妹にだけは幸せな世界に居て欲しい。
それは切なる願いでもあった。
こんなに女の子しているマテリアを羨ましいと思う気持ちは強い。けれど、この運命をマテリアが背負わなくて良かったと思う。

「相変わらずラヴラヴだろ?」

にっと笑い、腕を頭の後ろで組んでマテリアの顔を見た。
かなり赤い。

「いや、本当に可愛いわ…」

一人うんうんとうなずくハクレイの頭にポカリっと軽く拳を落とす。

「馬鹿言っていると、手合わせしないからなっ!」
「マーちゃんって怒っても綺麗だよね…」

キメ細かい肌は白雪のようで、思う存分外で焼いているハクレイの浅黒の肌とは好対照的だ。

「だって私焼いても赤くなるだけだもん…」

胸が膨らみだした頃から、ハクレイは昼の海には行っていない。色々理由はあったが、一番はやはり性別を偽っているからだ。マテリアがいることで分かると思うが、騎士の資格は男女の垣根はない。寧ろアトランティスに置いて女性が家長となる仕組みを持っている。

「行きたいな」

ぽそりと呟くハクレイに、マテリアが手を打つ。

「行きましょう…玉には女の子に戻らないと…」

薄く笑い、マテリアがハクレイの髪に触る。その指が短い髪から離れると、襟ぐりの部分に触れた。

「…伸ばせたらいいのに…」
「いや、いい。俺、男だし」

二人は並んで稽古場所に向かう。控え室からそれほど遠くない位置に稽古場所は存在している。雨も多く降る地帯であるので、雨の間でも鍛錬できるように仕組まれているのだ。

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