硝子の挿話
第28章 埋没した色彩
「…今日昼までなら、行って楽しもうよ」
潰した刄の槍を握りしめる。…それだけで表情は一転して、冷悧な毅さを見せてたたずむ。マテリアは麗しく可愛いだけの女ではなく、騎士としても着実に実力を伸ばしている乙女だった。
「そうだな」
ハクレイも返して腕に武器を纏う。それはトンファにとても近い形をしている。もともと手足などの捌きや柔軟さもあって、槍や剣よりも使いやすく動きやすいのでハクレイはとてもこの武器を気に入っていた。
「楽しもうか!」
武器を前方につきだして、鼻を親指で擦らす。
「武には武で返すよ!…」
二人の背後で無言のゴングが鳴った。
ハクレイの武器が右に左に風を切り裂く。それを見切りながら顔を反らせ、持っている獲物で受け止める。カキンと音が鳴ると、それを打ち上げようとマテリアの腕が持ち上がった。
「やっ!」
ガキガキ…鍔ぜりあいが軋む。
「はっ!」
マテリアの武器がハクレイの武器を高く弾いた。
「ひゃ…!」
簡単に弾かれ、尻餅をついたハクレイの側に近づく。
「どうしたのさ?…こんな簡単に飛ぶなんて」
マテリアが手を差し出すのを、受け取って立ち上がるとハクレイは苦笑してしまった。
「…でも、海なんて二人で行くのか?」
聞くのを忘れていたこと。会話を誤魔化すために聞く。
「適当に呼ぶけど、女の子で行けるようにしてやるから安心しなよ」
豪快な所は母親にお互い似たらしく。マテリアは肩を叩いて微笑する。ハクレイは自分では気がついていないようだが、容姿はすこぶる美麗であることをマテリアは知っている。
「私が用意するから、…安心してていいからね」
そう言って肩を叩くマテリアに一抹の不安を抱いたことは、生涯の秘密にしよう。
…そう思うハクレイだった。
結局、話こんでしまって昼を迎えたハクレイは、マテリアとの約束を少し遅らせてもらい…メイスの私室に向かう。昼を過ぎたら来るようにと予め言われていたからだが、その足は思うままに重く前に進むことを拒絶していた。
《帰りたいな…叶わないのは、重々分かってけど》
どれほど嫌だと思っていても気がつけば、そこはもう司祭主メイスの執務室だ。ドアの前に立ち続けるのも嫌で、ハクレイは気持ち同様一気にドアを開いた。