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硝子の挿話

第3章 螺旋

 既に、多くを諦めていた。
 逃げられないなら、―――諦めるしかない。

 ならばせめて祈ろう。

 掌を翳すことで誰かが救われるというのであれば、力の限り祈り続けよう。
 小さな幸せが寄り集まり〔幸福〕になる。
 それこそが望みなのだから…。
 せめてそう置き換える事で、逃げ腰の自分を叱り、励ましていた。
 人々からの膨大な期待は、ティアには重かったし。それを乗り越える自信が、本当はないのだと知れば、人々はどう反応するだろう。
 頭が問題をかすめる度に、こうして脅えながら、誰にもぶつけられない不安に一人押しつぶされそうになっていた。
 本当は『助けて欲しい』と腕を伸ばしたいのは、誰でもないティア自身だったから。
 誰にも打ち明けることは許されない。―――それが重く辛い…。

「………っ!」

 思わず肩を震わせ、瞑想を止める。うつ向いたまま、大きく瞳を開けて、心の臓を抑えた。
 突然よぎった顔が、誰かを考えて赤面する。今日、たった一度逢ったユウリヤの姿が、瞼の裏に焼き付けられたかのように、濃い影を宿していた。―――寂しそうな瞳。
「好き、になってしまったのでしょうか…?」
 困惑しながらも、大きく高鳴る胸の鼓動。人間でありながら、人間であることを許されない《姫神子》という立場。
 女の子として生まれたのに、愛した人間の男と通じてはならない。許されるのは、神を宿した神官と契るだけだ。それも未来永劫ではなく、永劫は神とだけ。
 そんな掟を深く考えるだけで、なんとも悲しくなってきた。

「心配なのですよ…」






 力を込めて独り言に呟いた。
 重い扉の向こうには、タルマーノが立っているが、その声は届いていない。
 届いていたら、心配させていただろうが、生憎と神殿生活で養ったのは知識だけではない。
 外で通す姿は完全武装の微笑仮面に、誰もがヒトとみなさないように鎧を身につけている。
 その事実がまた不幸を広げていることに、ティアは気づいていなかったが………。






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