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硝子の挿話

第4章 蜜月

 聞き取れないほど、か細い声で囁く。ユウリヤは言葉数の少ない男で、ティアも口数は同じぐらい少なかった。
 二人で居ても会話らしい会話にならない。それでも今のこの時間だけは、どんな時間よりも尊く感じていた。





 本当は訊いてみたい―――‥。






‐何処を見ているの?‐

‐誰を見ているの?‐

‐私は…、貴方の大切な誰かに‐

‐…似ているのですか…?‐





 言葉にならない想いだけは、未だに幼い胸を突く。不安を言って彼を追い詰める真似も、またそれがきっかけで終わってしまうことへの恐怖に、ティアは口を閉ざしていた。
「好きです…」
 逢うたびに、魅せる表情のひとつひとつに惹かれていく。うつ向いて細く震えた声で呟いた。こうして隣りに居るだけで満足していたのは、本当に最初の間だけだ。
「今日は謡って…」
「まだ言うのかよ?今日はそんな気分じゃないし………こうしている方が俺はいい」
 抱きしめてくる腕にほんの少し力が入るだけで、ティアはこくんと頷く。
「好き…」
 自分の気持ちに気づいたのは、彼が眩しそうにティアを遠くに見ていた眼差しだった。
 今更思うのは、そのことに気づかなければ、良かったと……後悔しても遅い。
 彼が目を覚ました瞬間に始まりを告げていた恋だった。
 もう警告を鳴らしていた音さえも遠く感じる。神子としての気概も凌駕するほどに、強く焦がれる気持ちが胸に溢れていた。


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