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硝子の挿話

第4章 蜜月

「ティア…?」
 声を殺して泣いていた。
「ティア?」
 もう一度呼びかける声に、答えようとして俯く。春の雨みたいに澄んだ雫が、頬を伝いながら身に纏う絹に透明な染みを広げていた。

「なんでも…ないです」

 耐えろと自身を叱責するのに、咽喉を焼く感情の焔を飲み下そうとする。後から後からと零れていくのを留めようと。
 今こうして隣りにいるのは、ティア以外にはいない。そう他の誰でもない。
 彼が遠くを見る度。触れる一瞬に見せる仕草に、沸き立つ感情は、何と言うモノか。
 『嫉妬』や愛情の『渇き』を理解するには、人生経験の低いティアには理解が超えていた。
 外界から閉ざされた世界に住まい、既に人生の半分以上を占めていた『神子』という生活。
 自身に覚える感情は、周囲に感じる瘴気に、どこか似ていることが、困惑を更に生み広げていた。
 思考はゆっくりと腐りだすみたいで気持ちが悪い。
「けど…『姫神子』なら、俺よりも上層楽団を抱えているんじゃないか?」
 何気なく言った言葉。過剰反応をティアがした。
 目を大きく見開き、口元に両手を添えて戦慄く肩。逆に驚いたのはユウリヤだ。呆然とした視線の奥にはっきりと映し出されるのは『絶望』に近い悲しみであった。―――突き放される。





「私は…そうでなければ、ならないのですか? …貴方の前でも…?」

 『姫神子』という敬称は、ティアがヒトと違うという線を引く。それが『神子』という『呼び名』だ。その口調に含まれる微量の侮蔑に、普段から晒されているティアは考えるより先に、言葉で反応を返した。
 無意識の反応に、自身でも驚いたのだろう。唇を噛んで必死に何かを押さえる。それをユウリヤは無言で見つめた。

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