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硝子の挿話

第1章 夢幻

「又…見てしまったのです…」

 過ぎていった感情を苦笑で流しベッドを降りる。体にまだ少し、微熱にも似た感情の余韻があった。
 音を立てないように、硝子戸を開けると、風に乗って、秋を告げる虫達の合唱が聞こえてきた。
 風が、昼と夜の温度差を変えていく。あと二月もすれば短くなる日照時間を思うと胸に寂しさを呼び込んでしまう気がした。
 高校生活で初めての夏休みも、もうじき終わろうとしている。
「ハルちゃんは元気に夏休みを、楽しんでますのに…私は…」
 ため息がそっと唇を出た。
 ハルとは千尋の双子の姉で、千遼といい。公立の学校に通っている。顔や体型、髪型は同じでも…性格は火と水のように違っているので、話せばどちらなのかすぐに分かってしまう。千尋は大人しく、内向的な性格をしているのに対し、千遼(ちはる)は明るく、外向的で、言葉遣いまでも正反対だった。
 千尋は毎日相手を変えて、遊びに行く千遼が正直羨ましかったりする。しかし千遼が来るか、と聞いても千尋は首を横に振るだけだ。基本的に、千遼の遊び相手は男子であり、千尋の遊び相手は女子しか居ない。女子高に通っているのも、男子が苦手だからだ。
 もっと簡単に言えば、軽い『男性恐怖症』だった。

「小さい頃からですものね…」

 はぁ、深いため息を吐き出し、幼稚園・小学校・中学校とあった男性に対するトラウマを思い出してしまう。男子に絡んだ思い出はけしてよくなんかなかった。

「………」

 大人であれ、子供であれ、社会の秩序と義務の軋轢に生じる際の矛盾は、持て余す野生の部分が露になる。―――大した理由のない始まりが、人間社会の歪みに存在する。
 それが『いじめ』だ。
 ささやかなモノから、生命を奪うほどに激しいものもある。しかし当人にとっての恐怖や不安は、他人のフィルター越しには理解することが出来ない。精神世界の傷は、肉体世界のように、治ることは難しく…じわりとにじんでいくように、心から体へと支配していくのだ。




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