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硝子の挿話

第4章 蜜月

 今もそれを引きずっていない訳ではないのだと、封印していた記憶が教える。ユウリヤは吐き出すべき言葉を失い唇を噛んだ。
 怒りとも悲しみともつかない感情を、拳で隠して俯いた。
「………駄目だ、それだけは」
 精一杯考えて出た答え。
「それだけでは分かりません」
「分からないのは、お互い様だろうが」
 人がどれほど簡単に死ぬか。生きようと伸ばす腕は、しぶとく現世にしがみ付こうとするのか。
「別にいつも歩いてます………少し離れた場所に待たせてますし」
「知っているさ!」
 二人の関係は機密事項。誰にも言えない不適切な間柄だと、十分に認識しているからこそ。信じられると分かっていても、少し離れて止めてもらっているのだ。
「俺が何も考えずにお前を一人で帰らせているなんて思うな」
「思ってません!」
 思わず声が荒くなり、ティアは慌てて両手で口を塞いだ。
「じゃ、まだ時間があるだろう」
「………あります」
 言いたい言葉を後ろに回すから、いつも本心が探れない。掴んだと思うと、するりと解かれてしまう不安を抱いているというのに―――。ティアはその場に座り込む。
 全身が虚脱したみたいに力が入らない。それはほんの少し近くに彼の存在を感じられたからだろうか。………まだ分からない。

「いろよ」
「………はい」

 また負けた。
 ティアは一度としてユウリヤに勝てたためしがない。それを悔しいと感じる理由もまだよく分かっていない。
「拗ねたのか…?」
「拗ねてません」
 ふいっと顔を背けると、ユウリヤは微笑を浮かべてティアの頭をそっと撫でる。この一瞬がたまらなく好きだと、彼に思うのだ。
「終わるまで逢えないのか?」
「ぇ?」
 一瞬思考が彼方まで廻っていたティアがきょとんと返すと、ユウリヤは上を向いて溜息をついた。
「だからー…」
「はい?」
「星祭! …星祭が終わるまで無理なのか?」
 話題が少し前に戻っていることが分かると、ティアはぽんと両手を打って理解した。

「今はなんとも言えませんが………来るときは、その首飾り外さないで下さいましね」

 ユウリヤの首筋に細い鎖を垂らした石が飾られている。これは出遭った次の日にティアが贈った品だ。
「ああ、分かっている」
 大事なのは鎖ではなく、鎖の先で縛られている七色に光る水晶だ。


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