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硝子の挿話

第4章 蜜月

 今にも降ろうとしている空を見上げるユウリヤの袖を握り、懺悔に首を傾げて大地に額を寄せるティア。―――雨の匂いが強くなった。

「貴方は誰を見ているのですか…?」

 降り始める雨が強く大地を叩き付ける。ティアは頭を下げたまま、雨の強さに紛れて声を出した。
「え? …」
 聞こえない。そうユウリヤが返す言葉さえ耳に届かず、雨脚は弱まりだして、周囲を霧雨が濡らしだした。
 雨と同時に何かの糸が切れた錯覚をティアは覚え、ユウリヤは触れる掌の中で冷えていく肩を抱いた。

「この場所は大切な、たった一つの居場所なんです」

 意味の深い言葉のはずだ。
 我慢をしなければと思うほど、胸に広がる暗雲は一欠片の光も通さない。
 震えながらもユウリヤの戒めを解きもせずに、ティアは緩い雨で、肌に貼りついた髪から伝い落ちてくる滴に、頬を濡らしていた。
「神殿では、確かに衣食住は満たされています。…貧しさなんて知りません。民の方々も私に祈り、奇跡を願うけれど………貴方も私に奇跡を期待しているのですか? 遠くを眺め、私に呼びかける声は優しいのに、貴方の視界に私は居ない………っ」
「ティア…?」
 いきなり饒舌に話し出すティアの顔を、ユウリヤはまるで始めて映すように見つめる。嘆きとも悲鳴とも思える叫びにユウリヤは静かに耳を傾けた。
「何の奇跡を願うのですか?………」

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