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硝子の挿話

第5章 白夜

 一言だけ口を開き送り出してくれた言葉を反芻する。

『泣いて帰ってきてもこの家には迎えない』

 淡々とした言葉だった。けれどそれはとてもずっしりとユウリヤの胸に響く。





 幾度も幾度も反芻する。繰り返しながら、自らの意志を確認して頷くことを繰り返した。
「行って来ます…」
 生まれて十五年、一度も出たことのない場所。確かに貧しさも知らず安穏と暮らしてきた。
 瞳を閉ざす。秋が暮れようとする空は既に薄暗く、肌に刺さる風を感じるのに、それをこんなに心地よいのだと思う日がくるとは感じてなかった。
 黙って出るつもりで居たのに、思わぬ援助が入ったことで叶った夢の階。一歩、大きく前進するという意味も込めて踏み込んだ。―――国境。

 超えると暫くは何処にも属さない一本の道を下り、半日ほどあるけば月空宮の国境に出た。

 住まう街、自分と両親の名前、保証をするアルコバレーの名と印。それを役所から出された手形に通行許可書の半券。それらを懐から取り出そうとしたまま、高く聳える月空宮の城壁とも思える門を前。
 ユウリヤはぽかんと口をあけてしまう。
 太陽宮にも門はあるのだが、これほど立派なこともなく、寧ろ寂れた印象が強い。

「凄いな…」

 他国との交流や業商を中心した土地は、様々な人種が街道を行き来しているらしく。ユウリヤの前後には太陽宮には見たこともない籠に入っている人間が居た。

《話には聞いたことがあったが…》

 嫌な感じだ。顔を伏せ黙ったまま膝を抱えて座っている。病人かと思うほど、痩せ枯れた肌は骨が少しばかり浮き出ているようにも見えた。

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