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硝子の挿話

第5章 白夜

《人買いが往行しているんだ…》

 側を通る者は、籠を見ないように目を反らしている。君子危うきに近寄らず―――まるで其処には何もないように振舞うのに、強く意識している姿は自分を守るのが精一杯の証。自らも同じように関わらないように思う気持ちが芽生えて、舌打ちをしそうになった。
 相反する倫理観と理想の違いをこんな場所でこんな形でみることになるとは思わなかった。
「嫌な、感じだ…」
 重苦しいとも言えるし、遣る瀬無くて切ないとも言える。確かに感じるのは嫌悪だけ。何の行動も取れないのは、自分も一緒だという事実。それが重いのだと感じたとしても意味は無い。
 順番が廻ってきたが、幾らか入るのを躊躇ってしまう。
「どうぞ」
 札を確認し、半券に判を推すと無表情に突っ返された。
 潜れば三宮一番の賑わいを見せる歓楽都市。―――悪と正義、昼と夜が融解した情熱と誘惑とが混沌する独特の世界。
 月空宮は四季が巡り、偏西風の影響が一番強い場所でもある。西から入る強い風に髪を抑え、空を目を向けると南側に沿って大きな巻雲が見えた。






 太陽宮とは何もかもが違って見える。息を飲み込むつもりが喉へ唾が流れて咳き込んでしまった。
 緊張、しているのだと認識する。手紙の位置を確認し、地図と名前、居住場所など記されている粘土板を見た。
 アルコバレーなりに思い出す限りを書き込んだろう地図であったが、比べてみても同じ名前の店は存在していない。此処からどうやって探せというのだろう。見て図れない地図に途方が暮れる。

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