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硝子の挿話

第1章 夢幻

 太陽と違い、月の明かりは柔らかい。優しくもあり、怜悧な輝きだ。
「森羅万象…生の感謝をします」
 懺悔するように、両手を組んで月に祈りを捧げる。淡い透明な神秘を称え、月はこの地球と寄り添う。

 囚われた時からの、遠い時間を―――。

 原始に組み込まれた切望は、太陽と月に守られて、命を生み出し育む海原。火山の熱が地表を暖め、緑が広がり、生きていく過程の中で、それぞれは進化を繰り返しながらも衰退し、時間軸の流れに溶け込む。
 消滅と誕生を繰り返しながら、現在へと繋がれて来た。
 華やかな時代にどれほどの栄華を誇ろうとも、命ある限り…散るのが摂理だ。絶滅していった生命も数多く存在する。変わらない日常はいつ、その運命が急展開に変化し、下降や上昇するかは誰にも分からない。
 だからこそ、生きとし生けるものは懸命に明日へと命を繋いでいくのだろう。





 今日は昨日と違い、明日は今日と違う。限りなく似ていても、逃がした時間は還らない。後悔は後から、胸を突くかのように…何度も。

「明日は買い物でも行きましょうか…」

 夏休みはまだ終わっていない。
 その実感はまだ掌にある。予感が月の加護を受けながら、魅了されている千尋の六感をそっとくすぐった。
「明日も晴れると嬉しいですね」
 淡く微笑しながら月を見上げる。月に語る言葉は、表現しきれない想いを捧げた祈りの中に…。





―逢イタイ‥―




 現実に存在しない空想の産物であったとしても。
 それでも。
 キツイ眼差しに見え隠れする孤独を抱いた寂しそうな笑み。突き放す言葉に影を宿した科白。それは家族にも言えない千尋の中にある絶対の存在。
 罪悪感さえ匂う、その慕情。

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