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硝子の挿話

第6章 瓶覗

「そして恩人でもある」
 月空宮にも良質の冷泉、温泉が湧いているので民衆が使用する分に不足はない。司祭主にメイスという男が着任するまでは。―――

「メイス…大司祭」

 ふと今まで伸ばしていた片腕がほどけた。
「知っているのか?」
「詳しくは存じませんが…」
 振り返ったユウリヤを、言葉が濁る曖昧な笑みを浮かべたティアの額にそっと触れる。少し海風に冷やされた肌は、じわりと冷たい汗を感じた。
「奴があの地の司祭主におさまるまでは、其処まで酷くはなかった」
 利権者が強い土地柄ではあったが、メイスは絶対権力の元にアウトローに対して徹底的な弾圧を着任の儀にしたのだ。
 家族が居なければ払えない莫大な移住費から逃れる者も、ひっそりと生活する手段でする者も関係なく。
 景観を害するという理由で、海岸線に伸びた一番大きい集落になっていた彼らの移住地にまず火を放った。

「それが『狩り』という『粛正』を暗黙で許したんだ…」

 正面に向かい合った小さな身体を抱きしめる。痛みや怒りは流れた時間の中で一度も消えなかったし、悔しさは後から後から突き上げていくばかり。
 何に祈れば、この地獄は終わるだろう。憎しみを振りまいて、何か意味があるのかとユウリヤは思う。
「地下水路はそれでもブブルを慕う漢達が、気性も激しかったこともあって近寄る奴も稀だった…」
 完全な過去形で語る思い。ユウリヤはブブルの縁故で、楽師や舞師などを募集している組合に在籍し、計らいで仕事として楽を奏でたりしていた。

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