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硝子の挿話

第6章 瓶覗

 強く抱き締めてくる腕の強さ。込められた想いに、ティアはただ静かに頷く。自分が出来るのはこうして受け止めるだけ。
 夜、ふたりは一本の大木の下で、そっと逢瀬を重ねていた。月桂樹の葉が、月明かりに美しく、幻想的に背景を描いて彩っていた。



永遠を感じていた。―――



「はやり私に似た面差しなのですね…」
 確認する為に聞くと、ユウリヤはあっさりと頷いた。
「最初に名前を呼ばれて驚いたのです…」
 通常ティアを呼ぶ際の固有名詞は名前ではないからだ。敬愛と畏怖…それから侮蔑を含めて『姫神子』と呼ばれる。果たしてこの広い地域で、ティアの名前を知っている相手は何人いるのだろう。苦笑を滲ませて肩を落としたティアを、ユウリヤは覗き込んだ。
「俺…呼んだのか?」
「ええ、途切れてましたが………確かに『リティア』と」
 とても不思議だったと、ティアは白状した。
 確かにあの地は禁圧へ繋がる道のひとつ。けれどあんな状態で名前を呼ばれるなんて思ってなかった。
 呟いた名前に慟哭が潜んでいたのを感じて。

「だから私を通り過ぎていたのですね…」

 寂しそうに呟いた言葉は、ユウリヤを責めてはいない。けれど大きな岩を背中に乗せられたぐらいの衝撃に顔を上げた。
「そうじゃない!そうじゃないんだっ!!」
 ティアの細い両腕を握り締める。痛みに顔を顰めたのに気がつくと、力は緩めたのだが離さずに言った。





「そうじゃないんだ…」
 嘘に聞こえるかも知れないが、それは自業自得だ。此処で二人が終わる訳ではないのなら、巻き返しは出来る筈だ。そう信じてユウリヤははっきりと言った。

「永遠をリティアと感じていたのに、今こうしてティアといる俺は、裏切っているんじゃないかと思ってたんだ…」

 自分の気持ちに。過去の思い出に。―――何度も問いかけてみても答えは見えず、ただ時間だけが流れていく恐怖。そしてまた大切に思いだすと失うのではないかという恐怖。
 積み重ねた時間は尊く優しい記憶だが、失うときに覚える喪失感は、それ以上に負った傷をしくしくと傷めた。

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