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硝子の挿話

第6章 瓶覗

 見上げてくる眼差しに込められた悲哀。どれだけ悲しませていたのか、不安を注いでいたのかユウリヤは頬に張り付いた髪を解きながら指先で滑る。
「ごめん…」
 そんなつもりではなかったという言い訳は喉の奥に留めた。

「アイツは吹雪く夜に、突然前振りもなく、俺と別れると………言ったんだ…」

 瞳を一度も交わさずに、冷たく踵を返した背中。一切の感情さえ振り返らずに去った。
 吐き捨てるように痛みを滲ませる。声には、苦痛や苦悩…深い感情の波が荒れているようにティアは思えた。
 辛く悲しい経験は人を弱くすることもある。
「真相を知ったのは随分と後だった。アイツはある貴族に…」
 見初められ、物々交換の品物として他家へ移った。
 逆らうことが赦されない身の上で、ユウリヤ自身に被害がいかない為に、独りで全てを飲み込んで消えた。
 だからこそあんな、突然の別離を選んだのだと、ユウリヤは大地を叩いた。
 怒りと悲しみと、今まで沈めていた思慕が交わった混沌の叫び。
 湿りを残す髪に額を寄せて、全身を震わせる。月空宮にいることが苦痛そのものになり、ユウリヤはこの地にやってきた。
 それでも募る思慕はあるから会いに行ったのか。安易には聞けない問いが浮かんだ。
「………」
 初対面の怪我は、中からぼろぼろに傷ついていた証。そういう理由なのかも知れない。
「俺は守るつもりで守られた………追いかけて間に合わないなら、その場で手をとって、捕まったとしても一緒に逃げればよかった」
 懺悔。それほど愛した人を、失った事実は、どんな痛みとして胸中を殺すのか。そう思うと霧雨が再び二人を濡らし始めた。
 先ほどと同じ雨だが、全く違った生暖かさえ感じる―――天の恵み。
 凪いだ世界に、波紋を広げる雨の粒が幾度も崩されて重なっていく。

 光景は限りなく蒼悲。

 ティアは何度も躊躇うように、呼吸を繰り返す。全身を雨で濡らし、その頬には深い感慨の涙が伝っているユウリヤを見た。
「っ!」
 衝動で身体が動く。考えるより先に身体が反応した。





「…ぁ…っ」
 かける言葉は空白でしかない。しかし辛さが全身に信号を送り、キャッチした思考が思いつかないまま。哭いていたユウリヤに抱きついた。
 言葉なんて浮かばない。ただその隙間に、少しでも温かさを伝えたくなって。

「ユウリヤ…」

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