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硝子の挿話

第7章 徒花

 笑顔を心がけ、少しでも助けになりたいと、手を差し出してみるのだが、掃除をしていた巫は眉間を顰めて顔を上げた。
 神子を補佐する巫であるカンテラはティアを一瞥すると、再び何も聞こえていないフリで掃く。
 聞こえてなかったかと、もう一度声をかけてみた。
「あの…何か…」
「生憎とリリティア様は、こんな下々の仕事をなさる必要はないでしょう?」
 言いかけた言葉をざっくりと斬り捨てる。ティアよりも五つほど歳上の巫だ。神官を祖父に持つ娘は、それだけ言うと“忙しい忙しい”と繰り返して、その場を走って行った。
 差し出していた手を、もう一本の腕で抱きしめ、走り去ったカンテラの方角を見て、強く唇を噛み締める。
 こうなることは、分かっていることではあった。
 ティアは彼女達を押しのける形で、前司祭の手で位につけられたとは言え、成りたくて試験を受けた彼女達からしてみれば、何もせずに宮殿に入った事実は屈辱を与えていた。
 人見知りが激しいティアに、親しく出来る相手は、巫の中に存在しない。
 水耀宮では、薄気味悪い女でしかなかった。
 それは存分に嫉妬や虚栄なども含まれているのだろうが、ティアも同じ立場だったらと思うと、責めることも出来ずに八方塞だ。

 泣くまい―――。





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