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硝子の挿話

第7章 徒花

 強く鼓舞するしか方法がない。ほっておけば、簡単に涙が垂れ流れる。こうして上を向けば、少なくとも鼻先に痛みが残るだけで済むのだ。
 外壁に隠された優雅に見える神殿の内側とて、なんら外世界とは変わらない。
 狭い世界ならではの陰湿さは澱み。―――小さな嫌がらせの繰り返しだ。
 大概な扱いは、この場所に身を置いて以来続く、既に日常茶飯事なのだが、幾つになっても慣れることはない。

「どうすれば…私は仲良くなれるんでしょうか?……それとも私は気がつかない間に、とても酷いことを、…しているのでしょうか…?」

 心の行き場を失っていく。何度も問いかけた言葉が、また無意味に零れていく。
 わざと作られる溶け込めない空気に、弾き出されたティアは術なくただ途方にくれる。
「そんな所に立って居られたら、非常に迷惑なんですけどね」
 目元に柔らかい笑みを浮かべ、笑いかける腕には、祭事に使う道具が幾つも積み重ねられていた。
「半分、持ちましょうか?」
 受け取ろうとしたティアを素通りし、対の通路の向こう側で歩いていた他の巫を呼び止めた。

「手伝って、これ重いんだ」




‐此処に居るのに‐




「あ~、本当、邪魔が要るからなおさらだよね」
 大きな声でそう言って笑いながら去る巫達の声。人間は常に何かを心に抱えて生きている。 『正』の感情だけでなく、『負』という感情も抱えている。弱者と強者という関係があるように、一度始まりを告げると、人間同士の関係には常に軋轢というものが存在するのだろうか。群ると集団心理には、個人の理解が遠いのかも知れない。
 吐き出した言葉は、どんなことをしても、二度と戻ってはこないことを。その恐ろしさを、ティアは知っている。こうして重ねてきた日数の数だけ。

 その身を持って―――。

 耳に障るほどの高い笑い声は、ティアにとっては、もはや恐怖の対象だった。
 けれど少しでも近寄りたいと思うのなら、ティアは泣く訳にはいかない。分かり合いたいと一方的に思っても、挫けてしまうからせめて、毅然と顔だけは上げていたい。
 それでも払拭できない笑い声だけは、心の耳を強く塞ぐことで凌ぐ。―――どうして同じ人間でありながら、心を通わせることが難しいのだろう。
 自分の行いが導きだす答えは、得体の知れない疵を生み出すだけだ。

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