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硝子の挿話

第7章 徒花

 感慨深い言葉の意味がよく解らない。ティアの瞳はそう告げながら、小首をかしげて変わらない笑顔を見せる。その笑顔はソツのない神子としての仮面。その事実を知っているサイティアは、痛々しいほど張り付いているそれにあえて触れずに笑みを返した。
「…私は既に大人なのですよ」
「まぁ…それはそうだな」
 真っ直ぐ、正直にある感情は揺れる嫉妬があった。
 けれどティアが望む関係を、サイティアは簡単に壊せない理由がある。一度に失った家族はサイティアにとっても家族だ。
 いつか幼い彼女に、芽生える女性を待っていた。
 けれど羽化させたのは、サイティアの隠していた気持ちではない。
 この関係を続けていたければ、選ばなければならない。永遠に『兄』という立場に有り続ける覚悟を抱いて。

 現状の感情は―――好ましくない。






 たったひとつの至高の宝玉。
 大切なのは気持ちを通わせることではなく、ティアを本当の孤独に堕さないように側にいること。
「サイ兄さま?」
「………何だ?」
 それを悟らせたくない一心で、サイティアは微笑する。
 真っ直ぐに返してくるティアの瞳は、サイティアの向ける情とは違う。はっきりとした『肉親愛』が見えた。
「危ないぞ。気を付けないと…」
 年よりも若干落ち着きすぎる結い上げ髪を撫でると、冷たい宝石で飾りつけされていた。
 今、指先が例えどれほどの熱を覚えても、サイティアは顔に感情を出さない。隠すことに慣れ過ぎて、出せなくなって久しい。
 たった一人になって、幼い少女を守るために、感情の大半を捨てた。
 そうしてでも、ティアの側に居たかったと言ったら、どんな顔をするのだろう。思った端から感情を斬り捨てた。
 頭を深く下げて、照れたみたいに笑う笑顔が愛しい。世界にたったひとつ咲いた花。

「ごめんなさいませ…その以後は気をつけます…」

 うなだれて謝る姿は、月下の月に咲き、朝には枯れてしまう花の儚さが見えた。
 細い両肩にのしかかる圧迫は、どれだけの時間を潰し、人生からどれだけのモノを奪っていっているのだろうか。
 拳を気取られないように握る。自由を渡せるなら、自分に想いを返してくれなんて思わない。ただ変わらない気持ちを求めるなんて、きっと愚かな男である証なのだろうと苦笑した。

「…急いで何処行く?」

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