
ドロップ・オブ・ロゼ 〜薔薇の涙〜
第10章 分かれ道
少し強くて冷たい風に前髪を煽られながらこちらを振り返る。
千「目、覚めた?」
でも、また、指先に目を落とす。
「何描いてんの?」
隣にきてしゃがむと、指先に目をやり声もなく柔らかく笑った。
そこには、
一本の傘を挟んで笑う二人の人物が描かれていた。
千「名前だけの方が良かったかな?」
「何で?」
千「どうせ、波ですぐに消えちゃうから…」
寂しそうに笑いながら指先の砂を払う。
千「あっ……。」
それは一瞬のことだった。
波が、砂の上に描かれた絵を拐っていく。
千「消えちゃったね?」
行こっか?と、笑顔で立ち上がった目には、一瞬にして傑作を不意にされてしまったことへの落胆の色はなくて、
千「もう、お腹ペコペコだよ?」
「…うん。」
千陽さんは俺が立ち上がるのを見届けてから背を向けた。
千「朝ごはん、何だろ?楽しみだね?」
ゆっくりゆっくりと、
柔らかい砂の上に足跡を刻み付けるように歩いてゆく背中を、
…抱きしめた。
千「ちょっ…誰かに見られたらどうすんの?」
「そんなこと、構わねぇよ?」
だって、そうでもしなきゃ、
あの、砂に描いた絵みたいに、
あなたが消えてなくなりそうだったから…。
