ドロップ・オブ・ロゼ 〜薔薇の涙〜
第13章 水に挿した一輪
『逃げようか、二人で?』
多少の冷静さは欠いていたとは言え、彼の口から出た言葉は何よりも嬉しく、電話口で思わず泣き崩れた。
本当に嬉しかった。
この人と生きてゆけるなら誰を敵に回しても構わない、とさえ思った。
でも、そんな彼だからこそ、自分のせいで親を捨てるなんて親不孝なことをしてほしくない。
そんな思いからそれはいけない、と彼を思い止まらせた。
『分かった…。』
何年かかってでも説得するから、と、
必ず迎えに行くからと、
それまで待っていて欲しいと。
だが、それきり彼からの連絡は途絶えた。
「でも、今、すっごい後悔してる。あんなこと言わなきゃよかった、って?」
お代わり、要ります?と田嶋先生が僕のカップに手を伸ばす。
「いえ、僕は、もう…」
コーヒーポットを傾け、田嶋先生は残り少ないコーヒーを自分のカップに注いだ。
「もし…あの時逃げてたら、今ごろどうしてたかな?」
幸せな妄想を打ち消すように小さく息を吐くと、田嶋先生の形のいい唇が微笑の形になった。
「なあんて…終わったことを振り返っててもしょうがないか?」