ドロップ・オブ・ロゼ 〜薔薇の涙〜
第3章 マドンナ・ブルー ②
暗がりに目が慣れてきて、
カッターナイフを握る男の手元が微かに震えていて、
時折、かけていた眼鏡の位置を直す手も、少しぎこちなく見えた。
徐に、男がズボンのポケットに手を突っ込んでスマホを取り出す。
「お…お願いです。あなたには指一本触れませんから…だから…」
と、やはり、ぶるぶる震えながらスマホを僕に向けて翳した。
指一本触れない、って?
…信じられない。
写真を撮るフリして、僕に何かするつもりじゃ…?
手荒な真似はしない、って、言っときながら…
と、頬につけられた痛みに顔をしかめた。
片手にナイフ、もう片方の手にはスマホ。
何だかんだで、相手の両手は塞がってる。
…逃げなきゃ。
でも、ヘタに逃げようとしたら、逆上してナイフを突きつけてくるかもしれない…。
そう思ったら、手足がすくんで言うことを聞いてくれない。
「さ、さあ、早く…!」
それでも、目の前に突き出されるナイフに突き動かされるように、僕はやっとの思いで強ばる指先をシャツのボタンに伸ばした。
でも、指先が震えてうまく外せない。