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「璃子ちゃん、勘違いしないで。

　恵子はあなたをどうしても産みたくて

　医者が止めるのも聞かずにあなたを産んだの」


母は遠い目をして言った。


「あなたのお父さんと恵子はとても愛し合っていたわ...

　だけど結婚だけは許してもらえなかった。

　あなたのお父さんは家を捨てて恵子と駆け落ちしようとしたんだけど

　恵子がそれを許さなかった。


　ある日姿を消した。


　私に連絡が来たときは臨月だった。
　げっそりと痩せた姿にお腹だけが大きく目立っていたのを覚えている。


　私は急いで病院へ連れていった。


　彼に連絡しようとする私を恵子は止めた。


　『伝えないで。

　　彼には大きな未来があるの。

　　私はこの子を授かっただけで充分』


　そう言ったわ」


母はビールグラスを見つめた。


「数週間後、病院から連絡が来て

　恵子が危篤だと聞いた。


　駆けつけた時は呼吸もままならなかった。


　産まれたばかりの璃子ちゃんを胸に抱いて幸せそうだった。

　
　苦しい呼吸の中で恵子が私に伝えたことは

　『父親のことは言わないでほしい

　　そしてもしこの子があなたを頼ったら助けてあげてほしい』

　って...。


　璃子ちゃんを胸に抱いて幸せそうに逝ったわ...」


食卓は物音ひとつしなかった。