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淡雪

第20章 スターの代償

俺はやることもなく
ただカンヌの街を散策していた。

一年で一番盛り上がるカンヌの街。


ーーやることがない...
  なんて何年ぶりだろう。


あちこちで上映会が開催されている。

フラりと入った上映会。

passを見せて中へ入れてもらう。


観客としてフラりと映画を見るなんて
それこそ何年ぶりだろう...


その映画はドキュメンタリーでアンダーグラウンドの世界を写し出している。
ドラッグ、売春、屍となっていく友人...
ただ、ただ毎日を生き抜く。
明日に何があるのかもわからない希望を見いだせないはずの環境なのに...
その生命力が胸に響く作品。


俺は憑かれたように映画館を渡り歩き
言葉もわからない作品を見続けた。


そこに写し出されるのは
社会風刺であったり、美しい楽曲のような作品であったり、コメディであったり...

レンズを通して
“伝えたい思いが溢れるもの”ばかりだった。


ーー俺は何を伝えたい?
  伝えられる?!

  そんな役者になっているか?


カンヌの街に闇が覆う頃
そんな風に思うようになっていた。


ーーアイドルにとらわれすぎて
  役者として大切なことを忘れていた。

  確かにアイドルはパフォーマーだ
  ファンが夢見る “田村” でなければならない。

  けれど役者は “箱” だ。

  己を殺して役に体を貸すだけ


  そんな簡単なことさえ
  分からなくなっていたなんて...


俺は賑やかなカンヌの街をホテルに向かって歩き出した。





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