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浮遊空母~ぼくの冷たい翼~

第23章 ベトナム編〜サァシャの罪〜

(5)

サァシャは夕方、定時で仕事を終わらせて

今日の一番の楽しみを待ち望んでいた


新しい職場の工房から少し離れた市場へ抜けるわき道


バイク渋滞を起こす大きな道から外れていく


まだ少し自然が残る簡易的な公園


並木が続き、垣根が伸びている



“建物は変わってるけど、ここよ”



サァシャはクーとの思い出の露地を噛み締めながら歩く


ここで座っていた!


ここで歌をうたった!



ここに単車を停めて、



ここの茂みで抱き合った!


蘇る記憶




そして、薄れかけていたクーへの想い



彼は徴兵され、なぜ帰ってこなかったんだろう


彼の実家もいつの間にか居なくなっていた


私も社会に出て、働き、結婚してしまった



後悔はしていない



でも、



心のすみに“トゲ”が刺さっている




クーは兵士としてどこか遠い場所へ派遣されてしまったのか?


それとも何かに巻き込まれたのか?



事故に遭ったのだろうか?




どうして、何もわからないのだろう




サァシャは今の暮らしがどこか空虚で、

中身が無いような気持ちになっていった



後悔はしていないが、なにかひっかかるものがある



クーとの事はもう終わったことだ



それも20年も前に



いまさら、どうなるものでもない



美しい青春の記憶だけでいいじゃない



サァシャは思い出の路地を歩きながら




涙が止まらなかった……



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