真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第6章 拙者はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ兄上といいたくなる。
そしてそれは、昌幸にとって絶望であると承知している。赦免を願い交渉したが叶わず、屋敷の中で武士としての意義を奪われたまま死ぬなど、もし千恵なら聞いただけで自殺したくなる。だが昌幸は、嘘のつけない千恵に、苦笑いをこぼすだけだった。
「前にも言っただろう。自分で選んだ人生の結果だから、それでいいと。家康が私をあの地に封じても、真田には信之がいる。結局家康は真田を潰す事など出来ぬのだ。最後に勝ったのは、私なのだよ」
「……違います、昌幸さんは死んだりしません!」
「いや、少なくとも幸村が戦に出る頃には死んでいる。乱が起これば、私は間違いなく豊臣につく。そして私が表に立つなら、幸村は私の後ろに回る。そうなれば幸村が名を残す事はなく、歴史には私の名が残るはずなのだ」
昌幸の言葉を否定する言葉が思い付かず、千恵はただ首を横に振る。
「私の名が残らない、それはつまりその乱に私はいないという事だ。私の年を考えれば……結論は容易い」
昌幸は千恵の頭を撫で、安心しろと言わんばかりに頷いた。
「そう悲観するな、今の生活も案外悪くないぞ。屋敷に来たからこそ――千恵と出会えた」
昌幸は、再び千恵を抱き締める。今度は父が子を慰めるような、温かな体温ではない。頭が飛びそうなくらいの熱を含んだ抱擁だった。
「幸村に言われなかったか? 私は未来の情報を手に入れるため、千恵を利用していると」
「それは、あの」
「隠さなくていい。幸村の思惑など、とうに見抜いている」
「……言われました」
国親に襲われ凍り付いた体は、熱いはずの体温すら心地良く感じさせる。死の絶望を内に隠す昌幸を払う事などもとより出来ないが、それ以上に千恵は温もりを求めていた。