真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第6章 拙者はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ兄上といいたくなる。
「正直言えば、初めはそれも目的だった。だがすぐ諦めたよ、この世界はあまりにも発展していて、情報を戦国の世に持ち帰っても活かしようがない。違いすぎる文明は、宝の持ち腐れだ」
「そう……なんですか? じゃあどうして、今もここに来るんですか」
「それは簡単な事だ。私はただ、千恵に会いたいだけなのだよ」
今までふざけて囁いたものとは違う、真っ直ぐで誠実な言葉。それはどんな言葉より心に響き、千恵の鼓動を高鳴らせる。
「私だって恐怖はある。あのまま屋敷で死を迎えるなど、簡単に受け入れられるものではないさ」
「昌幸さん……」
「だが、こちらには未来がある。私を人として生かす世界がある。異物である私達に良くしてくれる、千恵がいる。千恵がここにいるから、私は負けた老犬にならずにいられるのだ」
昌幸の顔が近付いてきても、千恵は動けなかった。紐で縛られなくとも、心が縛られていた。
「千恵への想いは、きっと私の最後の恋だ」
唇が触れた瞬間、千恵は目を閉じる。全身で感じる昌幸は、父親でも、老犬でもない。穴を知りながら埋める事の出来ない、寂しい男だった。