真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第6章 拙者はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ兄上といいたくなる。
それは、まさに結婚が政である時代の価値観だ。ならば戦国の女性が、内心どうであれ我慢する理屈は分かる。簡単に恋が出来ない、という意味では、平成より戦国の方が厳しかった。
「どちらにしても、私はもう妻には会えん。正室は信之が身元を預かっているし、側室も他の子に預けてきた。幸村と違い、私の側に妻はいないのだ」
「え?」
「正確に言えば、一人だけ連れてきたな。ほら、これだ」
昌幸は着物の裾から、銀の簪を出すと千恵に見せる。
「生きた妻を屋敷に閉じ込めるのは阻まれるが、死んだ人間ならば許されるだろう? お葉といってな、私より二十も若いくせに、誰よりも早く死んでしまったのだ」
「それは、形見……ですか?」
「幸村には内緒だぞ。お葉は幸村と同い年だったせいか、兄弟のように仲が良くてな。知られたら自分にも見せろとうるさくなるだろうから」
そう語る昌幸の表情は、いつになく柔らかい。先程までの言い振りでは結婚に気持ちは伴っていないようだったが、そうではないのだろう。きっかけは戦略結婚でも、そこに絆はあるのだ。
「つい余計な話までしてしまったな。これはともかく、だ」