真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第11章 拙者は幸村である。職はまだない。
「ごめんね、今行くから」
三人の子どもに急かされては、千恵も感傷に浸ってはいられない。本を閉じポケットにしまうと、玄関先にいる引っ越し業者の元へ向かった。
千恵は、クローゼットが閉じた後も一年待った。しかし、幸村の歴史が変わる事も、クローゼットが再び戦国時代に繋がる事もなかった。
(さよなら、幸村――)
初めて結ばれたその日から、ずっと覚悟はしていた。決して公言できない関係とはいえ、愛する人と共に時を過ごし、二人の子を授かったのだから、千恵は幸せであった。幸村との縁で出会った真紀や恭介も、十年を超える付き合いの友として今も交流がある。幸村の存在は、千恵の世界を広げていたのだ。
だからこそ、失った穴は大きい。しかしだからこそ、泣き暮らしてはいけない。いつまでも思い出に縛られてはいけないと、千恵は引っ越しを決めたのだ。
最後に千恵はもう一度、がらんどうになった部屋を眺める。目を閉じれば、数え切れない思い出がすぐに蘇る。鮮やかな記憶を出来るだけ抱えて、千恵はマンションを出ていった。