真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第1章 クローゼットの向こうは戦国時代でした。
「おっと、申し訳ござらん。こうして一緒にいると、千恵殿が嫁入り前のおなごだという事をすっかり忘れてしまって」
幸村はすぐに身を離すが、千恵は気分を害しそっぽを向く。嫁入り、これは今の千恵の前で、もっとも口に出してはならない言葉だったのだ。
「はいはい、どうせあたしは、意識するくらいの女らしさもないわよ」
「いや……そういう意味ではなく、その」
嫁入り、すなわち結婚。千恵はもう28歳、本来ならゲームに熱中するより、将来の伴侶に熱中するような年頃である。しかし、千恵に浮いた噂はない。沈んだ噂なら事欠かないが。目を見張るような器量良しではなくとも、意思の強いはっきりした瞳、こざっぱりとした栗色のショートヘア、千恵は人前に出ても恥ずかしくない女である。しかし一向に、結婚の縁は回ってこなかったのだ。
「千恵殿!」
幸村は有り余る力で千恵を強引に振り向かせると、真っ直ぐな瞳を向ける。つい先程女として意識していないと言われたも同然の言葉をかけられたにも関わらず、千恵は幸村を意識してしまっていた。
「つまり、拙者が言いたかったのは――」