真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第1章 クローゼットの向こうは戦国時代でした。
クローゼットの向こうの男は、質素な着物を着ている。平成の世ではなかなか珍しい着物に千恵が目を丸くしていると、男が千恵の腕を掴み、『中』へと引き寄せた。
「きゃああっ!」
クローゼットを通り抜けると、やはりそこは未知の空間。通り抜けたそこに目を向けると、掛け軸の裏に空いた穴から、千恵の寝室が見えた。
木造の屋敷は、とにかく広い。マンションの大きさや構造を考えると、マンション内にこのような空間があるとは考えられなかった。何より部屋の外、縁側の向こう側に見えるのは、いかにも日本庭園らしい風景。千恵の部屋は、マンションの四階であった。
「女人、おぬしは何者だ。その奇妙な着物……妖魔の類か?」
男はへたりと座り込む千恵に、戸惑いながら声を掛ける。ひとまず、彼とは話が通じそうである。そう判断した千恵は、震える手を強く握り締め、立ったままの男に強い瞳を向けた。
「あたしは、梅宮千恵です。あなたの名前は?」
「梅宮……そのような姓の者は、この屋敷にはおらなんだが。拙者は真田信し――」
が、男は途中で口をつぐむ。迂闊に本名を名乗るのを躊躇ったのだ。そして顎に手を当てると、再び名乗りを挙げた。