真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第5章 拙者は常にその人を兄上と呼んでいた。
千恵が思い出すのは、国親の浮気現場を目撃してしまった時の忌まわしい記憶。自分の全てを否定されたようで、何時間も涙が止まらなかった。
(あたしが抱いているのは……そんな気持ちだ)
あの時の浮気相手は、国親に千恵という恋人がいる事を知らなかった。悪意を持って奪われた訳ではない。それは傷付いた千恵にとって、唯一の逃げ場でもあったのだ。
しかし、今の千恵が抱える事態は違う。同じ事をされれば地獄の底までたたき落とされる思いを、知った上で自覚しているのだ。
(最低だな、あたし)
胸が痛むのは、まだ千恵に理性がある証。しかし沈む思いを完璧に隠せる程、千恵は強くなかった。
「梅宮さん、もしかして……」
真紀は口を開き掛けて、慌てて手で押さえる。疑問を考えなしに話してしまうのは、あまりに無神経だと思い直したのだ。
「――よし、こんな時は、美味しいものを食べよう!」
「え?」
真紀は千恵の手を握ると、前向きで明るい目を向ける。
「ガッカリした時は、腹一杯食べればなんとかなるもんよ! 付き合ってくれる? 千恵ちゃん」