真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第5章 拙者は常にその人を兄上と呼んでいた。
「父上、これはなんの冗談ですか!? 兄上が、なぜこのような危険を犯すのですか」
手紙の文字は、幸村の兄・信之の見慣れたもの。偽物でない事は、同腹の兄弟である幸村だからこそすぐに分かった。
「それは信之に聞いてくれ。初めに言っておくが、私はこの件に関して全くの無関係だぞ」
兄であると言っても、信之は関ヶ原の際、幸村や昌幸と袂を分かち、徳川へついた人間だ。親兄弟の縁は今も深く結ばれているが、豊臣に与した幸村や昌幸と、表向きに親しくしてはならない立場である。
その兄が、九度山へ様子を見にくると手紙を送ってきたのだ。ただでさえ身内に傷を抱えているというのに、それが幕府に知られれば立場が悪くなるのは必然である。しかし確かに手紙には、九度山への来訪が記されていた。
「兄上が自ら思い立たれたのだとすれば、それはなぜなのでしょうか」
「だから知らんと言っているだろう。問題はそれではない、そこの穴だ。信之は聡い、そして私達の手も知り尽くしている。少しでもうろたえれば、間違いなく見つけられてしまうぞ」
幸村達が大人しく蟄居していないと知れば、信之が何を思うか分からない。信之の機嫌を損ね見捨てられれば、幸村達は生活すらままならなくなるのだ。