真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第5章 拙者は常にその人を兄上と呼んでいた。
たとえ信之が信頼できる人物だとしても、絶対に見つかる訳にはいかない。昌幸は幸村から手紙を奪い取ると、それを懐に入れて訊ねた。
「千恵は今部屋にいるか?」
「いえ……真紀殿と食事に行くので、今日は遅くなるかも、と」
「そうか。この件について相談してみようと思ったのだが、いなければ仕方ないな」
昌幸はそう呟くと部屋を出て行き、幸村は一人残される。だが幸村はしばらく立ちすくんだまま、畳を眺めていた。
(兄上が、来る……か)
目を閉じると、鮮明に思い出す兄の姿。しかしそれは、弟を想う穏やかな笑みではなく、苦悶の表情をしていた。
(兄上が拙者の前で笑ってくださったのは、もうどれほど前だっただろうか)
最後に会った時もまた、信之は鬱々とした表情であった。そしてそんな顔をさせたのは幸村自身であると、忘れる事はなかった。
「高野山に、蟄居?」
それは関ヶ原の戦いが、たったの半日で終わってからしばらく後。石田三成に荷担し西軍に付いた二人の処遇を、東軍に付いた兄・信之から聞かされた時の事だった。目を見開き言葉を失う幸村――信繁とは裏腹に、昌幸は笑い声を上げた。