真田幸村九度山ライフ~恋の相手は戦国武将~
第6章 拙者はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ兄上といいたくなる。
撫で斬り、の意味は分からないが、国親の背筋に寒いものが走る。鋭い刃物を突きつけられたような感覚に、国親は顔を歪めると走り去った。
「軟弱者め」
昌幸は逃げ帰る国親の背に舌打ちすると、未だソファに寝たまま茫然とする千恵を起こし、座らせた。
「昌……幸さ」
「怪我はないか? ああ……手首に痣が出来ているな。可哀想に」
昌幸は座る千恵の前に跪いて靴を脱がせると、縛られた跡の残る手を取る。温かい人間の温もりに、凍り付いた千恵の心は決壊した。
「あたし……なんで、こんな事にっ」
まず昌幸に礼を言わなければと思うのに、千恵はぼろぼろと涙を零す。
「もう大丈夫だ、私が付いている」
昌幸は千恵を抱き締め、震える背中をさする。散り散りになりそうな体を押さえる昌幸に、千恵は縋りつきしばらくその懐の中で泣きじゃくっていた。
しばらく千恵の思うままにさせ、ようやく落ち着いてくると、昌幸はその身を離し、また目の前に跪く。常に目下、そして視界に留まってくれる事に、千恵は想像以上の安堵を覚えていた。
「あれは……前に話していた、元婚約者か。千恵の父親の顔も知らないとは、情けない男だな」