テキストサイズ

たゆたう草舟

第6章 甲賀の時雨

 
 口付けはとても強引で、私の知る愛し方とはまるで違います。女の力ではとても逃げられそうにはありませんでした。

 今ここで彼と結ばれるのが縁、運命であるのでしょうか。今この時のために、私は生きていたのでしょうか。

「――お葉ちゃん、泣かないでくれよ。俺はお葉ちゃんを、不幸にしたい訳じゃないんだ」

 私が思い出すのは、昌幸様の事ばかり。彼は私を縛り付けるために、口付けした訳ではありません。初めてが安心できる相手なら怖くないだろうと、むしろ野放しにするため奪ったようなものでした。

 しかし、私の想いは積もるばかりで、情熱を前にしても消える気配はありません。時雨さんにはなんの曇りもないのに、私は涙が止まりませんでした。

「ごめん、なさい……私、失礼を」

「やっぱり、『思い出』が気になるかい?」

 時雨さんは私を抱き起こすと、子どもをなだめるように頭を撫でます。その優しさが余計に申し訳なくて、私は声を出せず頷くしか出来ませんでした。

「お葉ちゃん、信濃に帰ろうか」

「……え?」

「今は冬で旅も辛いから、春が来てから……ちょっと薬草取りにも付き合って貰ってから、帰ろう」
 

ストーリーメニュー

TOPTOPへ