たゆたう草舟
第7章 伊賀の「しのぶ」
どのような戦をすれば天才なのか、庶民である私にはよく分かりません。が、そんな私でも、千にも満たない兵で徳川を破るのはとんでもない事だとは分かります。徳川は、織田の基盤を受け継いだ羽柴秀吉ですら、倒せなかった相手なのですから。時雨さんも感心して、深く頷き呟きました。
「さすがは『小信玄』と呼ばれた男だね。なんなら天下の一つや二つ、狙ってみてもいいんじゃないかい?」
「……昌幸様は、今頃憂いているのでしょうね」
私は、かつて昌幸様と町を回った時の事を思い出しました。町に火をかける、それが現実になった今、きっと彼は勝利に酔いしれてなどいないでしょう。勝つのも、犠牲を減らすのも当たり前。町を焼かなければ勝てなかった自分は、皆に比べ劣っているのだと。
「お葉ちゃん……」
「はい、なんでしょう」
「お葉ちゃんは、どうして――」
ですが、時雨さんの言葉を最後まで聞く事は出来ませんでした。近くの屋根から筒のようなものが降ってくると、それが白い煙を上げ始めたのです。
「なに、これ――」
周りが煙で見えなくなった、その時。私の後頭部に、鈍い痛みが走りました。その衝撃は私の意識を遠退かせ、抗う事もできず暗闇に沈んでいきました。