たゆたう草舟
第7章 伊賀の「しのぶ」
彼は懐に手を入れると、私に簪を見せつけます。それは私が昌幸様からいただいた、思い出の簪でした。
「これはお前を捕らえた証として、預かっておく。返せとは言うなよ、耳や腕、鼻と引き換えにしたいなら別だがな」
それだけ言い残すと、彼は立ち去ってしまいます。また辺りは暗闇に戻り、私は一人取り残されました。
私が何を言おうと、彼にはもはやここから逃れるための言い訳か、昌幸様を庇いたてしているようにしか見えないのでしょう。誤解された時点で、捕らわれた時点で、もう昌幸様にご迷惑をおかけするのは避けられなかったのです。
私は、本当に役立たずです。信明様を狂わせて昌幸様の家臣を失わせ、信繁様を危険に晒し、今また昌幸様に手間を取らせてしまいました。全ては、私が抱く大それた想いのせい。私が捕らわれたからといって、昌幸様が徳川の脅しに屈するとは思えません。しかし、あの方は月夜に一人、私を見捨てたと後悔されるのでしょう。
もはや私に出来るのは、これ以上昌幸様にご迷惑をおかけしないよう、命を絶つ事くらいしかないでしょう。幸い、口は塞がれていません。舌を噛み切ってしまえば、死んだ家族の元へ行けるでしょう。