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たゆたう草舟

第7章 伊賀の「しのぶ」

 
「このお方は家康様が厚き信頼を置かれる、鳥居元忠様だ」

「元忠、様……ですか」

「はじめまして、お嬢ちゃん。志信(さねのぶ)から聞いているよ、綺麗なお嬢ちゃんだと」

「志信?」

 その名前を聞いた途端、志乃さんが慌て出し頭を抱えます。今まで本名を聞けずにいましたが、彼は志信という名前なのでしょう。

「こんなに綺麗なお嬢ちゃんを見捨てるとは、真田昌幸も酷い男だ」

 ですが彼の本名の話は、昌幸様の名前に吹き飛ばされてしまいます。縛られて動きにくい体をなんとか格子に寄せて、私は元忠様に訊ねました。

「昌幸様は、私を見捨てたのですか?」

「――ああ、残念ながら。君の身柄を引き換えに交渉しようかと思っていたんだが、そんな人間上田にはいないと一蹴されてしまったんだよ」

「良かった……」

 私のために不利な交渉を飲んだとなれば、死ぬに死に切れません。昌幸様は情に流され判断を誤るような方ではありませんが、はっきりと聞かされ私は安堵しました。

「悲しい、ではなく良かったか。なるほど、これは奴が可愛がる理由がよく分かる」
 

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