たゆたう草舟
第7章 伊賀の「しのぶ」
元忠様は腰に手を当て小さな溜め息を漏らすと、しゃがんで私と視線を合わせました。
「君に人質としての価値はない。本来なら、報復に首でも送りつけるべきなのだろうが……人質、というと、どうも昔を思い出してね。家康様が織田家、そして今川家の人質になっていた頃を」
「元忠様は優しすぎるんですよ。真田昌幸の、人の腹を常に探るような嫌らしいあの目つきを、絶望に染めてやればいいんです」
「口が過ぎるぞ、志信。とにかく、人質を無闇に殺すような真似を、私は好まないのだ」
元忠様は、年に合う貫禄を醸し出す武士でした。彼が、徳川の中でもどれだけ重鎮なのか、初めて会った私にも分かります。その彼が、人質の習いを否定するのは意外でした。
「一度交渉の材料に使ってしまった以上、おいそれと解放は出来ない。が、牢に入れるほどがんじがらめに縛る必要もないだろう。機を見て上田に帰してあげるから、それまではこのお屋敷で、普通に暮らしなさい」
言葉と同時に、開かれる牢の扉。元忠様は私の拘束を全て外すと、肩を抱え、牢の外に連れ出しました。
長い間牢に入れられ食事もろくに取らなかったせいか、体は満足に動きませんでした。