テキストサイズ

たゆたう草舟

第7章 伊賀の「しのぶ」

 
 その頃はすっかり私も体調を取り戻し、軟禁状態とはいえ不便なく暮らしていました。そこに、志信さんが豪奢な着物を携えてやってきたのです。

「今日はちょっと出掛けるから、着替えて」

「出掛ける、とはどこに?」

「それを話す必要はない。時間ないから早く」

 志信さんはやけに不機嫌というか、妙に焦っているようでした。よく分かりませんが、逆らう理由もないので着替えれば、手だけを縛られ、屋敷の外へと出されました。

 冷えた空気が肌に張り付きますが、ずっと室内にいたせいか、それがなんだか気持ち良い気がしました。一つ深呼吸すれば、体の中に満たされる自然の香り。すぐに輿へ乗せられ浸る時間はありませんでしたが、本当に外なのだと、私はしみじみ感じました。

 どこへ行くかも分からないまま揺られて、しばらく。志信さんは私を輿から引きずり出すと、後ろから喉元にクナイを突きつけました。

 私が立ったのは、どこかの寺の入り口。上田に帰してくれる、という訳でもないようです。

「志信さん、何をするんですか?」

「余計な事はしゃべるな。黙っていれば、それで終わる」
 

ストーリーメニュー

TOPTOPへ