たゆたう草舟
第7章 伊賀の「しのぶ」
上杉との同盟を破棄――北条、徳川と渡り、さらに上杉との道まで断てば、それこそ真田は四方を敵に囲まれるようなものです。そんな事、許されるはずがありません。
「まさか……私を人質に、上杉との同盟を破棄させたのですか?」
志信さんに訊ねたつもりが、答えたのは昌幸様でした。彼は飄々とした態度を崩さず、当然とばかりに頷きます。
「その通り。この忍びが、お前を返してほしければ、上杉と手を切れと脅してきたのだ。まだ小童のくせに、勇気があるとは思わないか?」
「そんな、だって昌幸様は、そんな人間上田にはいないって、交渉には応じなかったって」
「交渉に応じたと知れば、お前はいつ自害を図るか分からんだろう。断った、と伝えろと私が命じたのだよ」
「どうしてそんな事! 私の命など、昌幸様の安寧に比べれば塵と同じ。脅しに屈する必要などなかったでしょう!」
すると昌幸様は、頭を抱え溜め息を漏らします。
「お前……本当に、あの和歌の意味を分かっていなかったんだな。全く、誤算だった」
「和歌?」
それはきっと、別れ際に贈られた、徳川との戦の決意表明について詠んだ和歌でしょう。しかし今それを持ち出す理由が分からず、私は首を傾げました。