たゆたう草舟
第8章 弓張る夜半に 千曲を超えて
「お前が人質になった事で、上杉との同盟を破棄するのに反対する連中を黙らせるのが楽になって助かったくらいだ。だからな、お葉。自分を責めるな。大体、全ての責任は、あんな小童に遅れを取った時雨にあるんだ」
「時雨さんが私に近付いたのは、昌幸様の恩情、だったのですか?」
「身よりのない女が一人で旅など、野盗の餌になれと言っているようなものだろう。まあ、その時雨がどうやら一番危なかったようだが」
「そんな事ありません、時雨さんは、私にいつも優しくしてくださいました」
「だから、それが危ないんだ」
昌幸様は地べたに腰掛けると、生えていた草を引き抜きます。そして初めて会ったあの日のように、草の舟を作り始めました。
「あやつの舟は、私よりさらに小さいかもしれないが、誰よりも頑丈だ。女一人攫って逃げたところで、壊れる心配はないだろう。私の舟ではたちまち追いつかなくなり、二度と見えなくなるだろうな」
今は昼間、しかし私の脳裏には、月夜が鮮明に思い浮かびます。あの日の事、私は一秒たりとて忘れませんでした。私はずっと、覚えているのは自分だけと思っていましたが――もしかしたらと、水面に浮かんだ舟を見て、思ったのです。