たゆたう草舟
第8章 弓張る夜半に 千曲を超えて
「……昌幸様は、私と初めて会った時の事を、覚えていらっしゃいますか?」
私も昌幸様の隣に座り、草を一本引き抜いて訊ねました。覚えていなくても、それでよし。今しか、確かめる機がないように思えたのです。
「あの時作った舟は、今も沈まずに信濃の皆を未来へ連れて行ってくださっています。どんな荒波に飲まれても、沈まずたゆたう――それはたとえ小さくとも、立派な事ではないでしょうか」
草の舟を作りながら話していると、昌幸様は不意に私の手を取りました。向かい合うお顔に、浮かぶのは微笑み。昌幸様が笑ってくださる。それだけで、私は天にも昇る心地でした。
「進む舟に、二つと同じものはありません。昌幸様は昌幸様の舟で渡れば、それでいいのだと思います」
「――あの時お前が作った舟は、どこに流れたのだろうな?」
そして昌幸様の返事に、私はようやく胸が収まりました。いえ、より騒いだと言った方が正確でしょう。あの日の事を覚えていてくださった、それは何より嬉しい事なのですから。
「私の舟は、どこにも流れていません。十年前のあの月夜から、ずっとあの池に留まり続けていました」