たゆたう草舟
第8章 弓張る夜半に 千曲を超えて
私の心はあの日、あの時から、ずっと水面に止められていたのです。雪が降り積もるように、静かに、動かず。私の時を進められるのは、ただ一人――昌幸様だけです。
「あの時名前を聞かなかったのは、正解だとも間違いだとも思った」
昌幸様は私の作った草舟をため池に放すと、浮かぶそれを見つめながら口を開きました。
「私があの後出しゃばり、幼子のお前に口出しすれば、お前の人生は確実に狂う。私の子や武家の男子ならともかく、自分の歩む道も見えない他人の女童へ、勝手な影響を与えるのは流石にまずいと思っていた」
「だから、名前を聞かなくて正解だと?」
「知らなければ、口出しのしようがないからな。だが武藤から真田に復姓して、さっそくお前は私の意識に入ってきてしまった……信繁の親しい友人としてな。身よりがなく信繁と同い年の女と聞いて、すぐ悟ったさ、あの時の娘だと」
「つまり、名前を聞かなくとも結局知ってしまったのだから、間違いだと?」
ですが昌幸様は、今度は首を横に振ります。
「間違っていたのは、私の性根の悪さだ」