たゆたう草舟
第8章 弓張る夜半に 千曲を超えて
「昌幸様が?」
「信繁がお前に抱く想いは、初恋だった。信繁に自覚はなかったようだが、そのままだったらお前には、いずれ年相応の恋が舞い込んだだろうな」
「そんな、有り得ません。だって信繁様は、私を妹のようだといつも――」
「信繁がお前の話をするたびに、私がしつこく『妹は大事にしろ』と言って聞かせたんだ。すり込みの甲斐あって、初恋はそのうち家族愛へとすり替わった。息子の淡い初恋を、私は芽も出ないうちに潰したのだ」
そして聞こえる長い溜め息に、私はどんな返事をすればいいか分かりませんでした。
「他人の人生を奪うなと思いながら、私は息子の想いを潰してまでお前に執着していた。初めから手を出すつもりで囲っていれば、信繁に無駄な傷を与える事もなかったというのに」
流れのない池では、草舟はどこへも行かずに漂っています。昌幸様は軽く波を立て舟を送り出すと、水で少し冷えた手で私の頬に触れました。
「囲う勇気もないまま、しかし知らぬと目を離す事も出来ないまま、無駄に時を過ごした。すぐに迎えに行けば良かったな。私が余計な気を遣う前から、お前の心が私のそばにあったのなら」