たゆたう草舟
第8章 弓張る夜半に 千曲を超えて
私が昌幸様に抱きつき背に手を回せば、昌幸様も応えるように手を回してくださいます。自惚れていいのだと思うと、幸せが私の頬を緩ませました。
「では私も今さらだが、言いそびれていた和歌の意味を教えよう」
「はい、聞かせてください」
「たとえお前が私を忘れ心から消し去っても、私はお前を迎えに行く。あの日のような月夜、幾千の障害を超えて――」
嬉しい言葉と共に、重なる唇。昌幸様はすでに、私へ意志を示してくださっていたのです。気付かなかった自分が恥ずかしくなりましたが、そんな羞恥すら飲み込むように口付けされると、私の心にはとろける幸せしか残りませんでした。
この十年、私の前にはそれこそ幾千の流れがあったでしょう。その先へ流れていれば、想像のつかない未来が待っていたかもしれません。
しかし、私はいつか沈むその時まで、この人のそばにいたいと思いました。未来は分からなくとも、ここが一番なのだと確信していました。誰かに決められた訳ではない、自らが選んだ道。後悔など、あるはずがありません。
「昌幸様、愛しています」